監視カメラをリリース
・建設業の起源は江戸時代の請負業 国語辞典によると「建設」とは建物・施設・道路などを新たに造ることとされています。
「造る」ということの歴史は古く、古墳、城、街道の建設など、人類の文明とともに始まっています。
かつて、巨大な城、神社仏閣などの建築物は、幕府や社寺などが直接、職人を雇い建設させてきました(直営)。
戦国時代ともなると、築城や城下町の構築で建設需要が増加します。
建設職人たちは膨大な建設需要のなかで力を蓄えていき、仲間制度のようなものを形成して、職人たちの統率者として「棟梁」「親方」が出現します。
1603年、江戸に幕府が開かれると諸大名による江戸市街地の形成が始まります。
実力をつけた「棟梁」や「親方」が一括して建設物の完成を約束する「請負」が誕生したのもこの頃です。
ただし、初期の請負では入札資金、準備金などを用意できる棟梁や親方は少なく、商人が建築請負を事業としていたようです。
大林組、清水建設、鹿島建設など今の日本を代表する建設会社の創業者は大工の棟梁でしたが、当時は少数派だったのです。
請負の起源は江戸時代に遡りますが、請負が定着したのは明治時代以降です。
1889年、1896年には会計法、民法の公布があり、法的にも入札制度・請負契約制度が整えられ、それまで直営であった官公庁の工事にも請負による施工が普及しはじめました。
■「建設業」の誕生は戦後 1948年に建設省が発足し、1949年に建設業法が公布され、建設業界は建設業法という独自の法律を持つようになりました。
建設業法の制定に続いて、建築物の敷地、構造、設備および用途に関する最低の基準を定めた建築基準法、建築物の設計を行う技術者の免許資格の設定である建築士法という建設三法が発足します。
1950年、朝鮮特需により国内景気が活気づき、第一次ビルブームを迎えます。
建設業法の制定を契機に、日本では近代産業としての「建設業」が誕生したと言えます。
建設業法とは、建設工事の適正な施工を確保し、発注者を保護するとともに建設業の健全な発達を促進し、公共の福祉の増進に寄与することを目的とした法律です。
この建設業法によれば、「建設業」とは、元請、下請その他いかなる名称をもってするかを問わず、建設工事の完成を請け負うことを言います。
「請負」という行為は、当事者の一方が建物・施設・道路などの構築物を完成させることを約束し、他方がその成果に対して報酬を与えることを約束する契約のことです。
自動車や家電製品などは完成品を見たり、触ったりして十分に比較検討した後に購入することができます。
しかし、建設業は完成品が目に見えない段階で契約を交わす産業です。
このため。
過去の実績に裏打ちされた信用力が極めて重要な意味を持つのです。
■「土木」「建築」の由来 建設事業を大別すると「土木」と「建築」になり、上場ゼネコンの多くが土木部門、建築部門を持っています。
現代では、「土木」とは道路、橋梁、ダム、トンネルなどの社会インフラを指し、「建築」とはオフィスビル、商業施設、工場などの箱物建築物を指します。
しかし、「土木」という言葉の語源を遡っていくと、「土木」「建築」というように大別されたのは近代に入ってからで、そもそもは「土木」と「建築」は区別されていませんでした。
「土木」という言葉は、中国の漢代の書「准南子」から来ていると言われています。
紀元前150年頃の王劉安という人物の書物に「為之築土構木」という一節があり、「土を築きて木を構えて」の「上」と「木」が「土木」の語源と言われています。
日本では鴨長明の「方丈記」で都づくりの様子を表すのに「上木」という言葉が使われています。
つまり、「土木」とは現在使われている「土木」と「建築」の両方を包含した意味で使われていたようです。
「建築」という言葉も、明治時代には「造家」と呼ばれていたようです。
「建築」「土木」という言葉が一般的に使われるようになったのは、建築学会、土木学会などが設立された明治以降と言われています。
□ゼネコンの成立 大手建設会社と同じような意味で、「ゼネコン」という言葉が使われるのをよく耳にすることがあると思います。
ゼネコンは、「ゼネラルコントラクター」(General Contractor)の略ですが、必ずしも英語と同じ意味で使われているわけではありません。
辞書には「建築および土木工事を一括して請け負う大手総合建設業者」(広辞苑)という定義が載っていますが、欧米のゼネコンは大企業であるとは限らないのです。
しかし日本では、ゼネコンというと大手を指すことが多く、とくに大成建設、大林組、清水建設、鹿島、竹中工務店の大手5社は、売上高や影響力などの点で圧倒的な存在として「スーパーゼネコン」などと呼ばれることもあります。
なお本書では、竹中工務店を除く上場4社を「最大手ゼネコン」と呼ぶことにします。
また、大手5社に続く総合建設会社を「準大手ゼネコン」と呼んでいます。
ちなみに、ゼネコンが一括して請け負う「元請」であるのに対して、下請として工事の一部を請け負う業者を「サブコン」と呼んでいます。
また、内装や電気工事、空調などを請け負う専門工事業者も存在しています。
日本のゼネコン、とくに大手のゼネコンは、いずれも長い歴史を有しています。
なかでも竹中工務店は、創業以来およそ400年を経て今日に至っています。
織田信長の普請奉行をしていた竹中藤兵衛正高が、信長の没後に工匠となって名古屋で創業したのが慶長15年(1610年)のことです。
その後、神社仏閣の造営を業としてきました。
このほか、清水建設は文化元年(1804年)、鹿島は天保11年(1840年)、大成建設は明治6年(1873年)、大林組は明治25年(1892年)にそれぞれ創業しています。
そして、明治期以降の近代化政策のなかで、政府による発注を請け負うことで会社として規模を拡大していきました。
このように、歴史の古い大手ゼネコンですが、かれらを頂点とするピラミッドのような建設業界の構造が出来上がったのは、それほど古いことではありません。
大手ゼネコンも、かつては自ら資材を調達し、労務提供者に材料を支給して工事を進めていたのです。
建設業界が、こうした単純な仕事の進め方から、元請と下請、孫請という重層構造に依存するようになったのは、戦後しばらくしてからのことです。
戦後の復興と、それに続く高度成長の下、膨大かつ変動の激しい建設需要に適応していくために築き上げられたものと言えます。
また、こうした構造変化を支える生産技術の革新が各方面であったことも指摘しておくべきでしょう。
ゼネコンを頂点とする建設業界特有の構造もまた、日本経済の歩みを抜きにして語ることはできません。
戦後の建設業の歴史を国土交通省が発表している建設投資推計(以下、建設投資)という統計で振り返ってみましょう。
建設投資とは国土交通省より毎年発表される統計で、日本の全建設活動の動向を出来高ベースで把握するもので、国内建設市場の規模を明らかにすることを目的に作成されています。
2005年度時点で日本の建設投資は約52.5兆円、日本のGDPに占める建設投資の比率は10%です。
戦後の建設投資を年代別に見ると、大きく5つの期間に分けることができます。
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